ねこは昔からさまざまな神話や伝説に登場しているのはご存じでしょうか。
気まぐれでマイペースなねこですが、物語ではちょっとキリッとしていたり、神々しかったり、怖かったりと、意外な表情を見せてくれます。
今回の記事では、ねこにまつわる神話や伝説についてご紹介します。
高貴で神秘的なねこの姿は、神話に華を添える存在でもあります。まずは、ねこが登場する神話をいくつかご紹介します。
ねこの神様といえば、エジプト神話のバステトが有名です。バステトは本来雌ライオンの姿をした攻撃的な女神でしたが、ねこが身近な存在になると共に、人間を病気や悪霊から守る、穏やかな性質の女神へと変わっていきました。
バステトはねこの姿、もしくはねこの顔を持つスリムな女性として描かれ、同じくエジプトの女神ハトホルと同一視されたことから、豊穣や多産、音楽、踊りを司るともいわれています。
バステトが多産の神であるのは、モデルとなったねこがたくさん赤ちゃんを産むからだとも考えられています。そのため、バステトを信仰する民衆は、子孫繁栄を願って神殿にねこの像や供物を奉納していたそうです。
また、バステトは月の象徴でもあります。これはバステトが太陽神ラーの左目から生まれたことに関係しているようです。バステトはラーの「もう一つの目」であり、昼に輝く太陽と対をなす、闇夜を照らす月と関連づけられたのです。
北欧神話においては、ねこは豊穣の女神フレイヤの車を引いています。2匹のねこの名前は「ベイグル」と「トリエグル」。これは古ノルド語で「蜂蜜」と「琥珀」を意味します。
フレイヤの代表的な聖獣は多産のシンボルでもある豚ですが、ねこもフレイヤの聖獣のひとつです。そのため、ミルクのボウルを庭において置くと、フレイヤが幸運や良縁をもたらしてくれると言われています。
また、ねこが結婚式に姿を現すと、その結婚はうまくいくともいう言い伝えもあります。
フレイヤは豊穣の女神であると共に、恋人たちを祝福し、結婚を守護する女神。フレイヤに仕えるねこたちも、良縁や結婚に関係する力を持っていると考えられたのでしょう。
ギリシャ神話の神々は、さまざまな姿に変身することができました。神々の王ゼウスも白牛や黒鷲に姿を変えて地上に訪れており、その姿が「おうし座」や「わし座」といった星座に描かれています。
ゼウスの娘で、月の女神アルテミスはねこに変身することができました。これはアルテミスがエジプトの女神バステトと同一視されていたからだと考えられています。
先ほどご紹介した通り、バステトはアルテミスと同じく月を象徴する女神です。また、アルテミスは多産を守護する神でもあり、その点もバステトと似ています。
しかし、アルテミス自体は一生結婚しないと誓いを立てた処女神であり、ニンフを引き連れて森を駆け抜ける勇ましい姿で描かれています。
そのしなやかで気高い姿は、まさにねこのようですね。
ねこをヨーロッパや中東に連れてきたのは、古代ローマの商人たちといわれています。ねこはあっという間に人の生活になじみ、聖書や伝承の物語の中にも、ひょっこりと姿を現すようになりました。ヨーロッパや中東に伝わる、ねこにまつわる伝説をご紹介します。
旧約聖書の中でも特に有名な物語「ノアの箱舟」にもねこが登場します。ノアが家族と動物のつがいを乗せて箱舟に乗り込んだ時、ねずみに変身した悪魔も一緒に入り込みました。悪魔は箱舟をかじり、穴を開けて、箱舟に乗った動物たちを滅ぼそうとしました。それを見ていたライオンがくしゃみをすると、鼻からねこが飛び出し、ねずみに変身した悪魔をあっという間に引き裂いてしまいました。
大手柄を立てたねこは、教会に入ることを許されるようになったそうです。
また、別の話では、ねこはもともとノアの箱舟に乗っていたとされています。しかし、舟に乗る際にしっぽを扉に挟まれてしまい、しっぽが短くなってしまいました。
イギリス原産のしっぽがとても短いねこ「マンクス」は、このノアの箱舟のねこの子孫であるといわれています。
今度はちょっと怖いねこの伝説です。
ローザンヌ湖(現在はレマン湖と呼ばれている、スイスとフランスの間にある湖)で、漁師が網打ちをしていたところ、大きな魚がかかりました。
漁師は「最初にかかった魚を神に捧げる」という誓いを立てていましたが、その魚があまりに立派で、高額で売れるものであったため惜しくなってしまいました。そこで、2匹目を神に捧げようと新たに網打ちをしたところ、さらに素晴らしい魚がかかりました。漁師はそれも惜しくなり、もう一度網打ちをすると、今度は黒い子猫がかかりました。
成長した猫は怪物になり、漁師とその家族に襲いかかり、命を奪いました。その後も山奥の洞窟をねぐらとし、破壊と虐殺の限りを尽くすようになってしまったのです。
その話を聞いたアーサー王は洞窟へと向かい、激しい戦いを繰り広げた末、ねこを倒しました。ねこの住んでいた山はアーサー王によって「猫の山(li mons du chat)」と名を改められたそうです。
ケット・シーはアイルランドを始め、ヨーロッパ圏で知られるねこの妖精です。犬くらいの大きさの黒猫で胸には白い斑点があり、二本足で歩くことができます。非常に賢く、人の言葉をしゃべるうえ、独自のネットワークと王国を持つなど、高度な社会を築いています。
誇り高く怒りっぽい性質で、ケット・シーを傷つけたり侮辱したりした人は、彼らからの復讐を免れることはできません。
しかし、その反面、親切にしてくれた人には恩返しをすることもあります。
アイルランドの伝説では、寒い夜に尋ねてきたケット・シーを家に入れ、ミルクをあげたおばあさんが、銀貨をもらったという話があります。
東洋においても、ねこは神秘的な存在とされ、崇拝の対象となっていました。今度は、日本を含む東洋の伝説に登場するねこをご紹介します。
「ビルマの神聖なねこ」と言われるバーマンは、シャムネコにも似た柔らかな毛色とサファイアのような青い瞳が魅力の美しいねこです。このバーマンにまつわる伝説が、ミャンマーの聖猫、シンの物語です。
何世紀も昔の話、ミャンマーのある寺院に、ムンハという高僧が住んでいました。ムンハは琥珀色の肌とサファイア色の瞳を持つ「ツン・キャン・クセ」という女神を崇拝し、いつも女神像の前で祈りを捧げていました。ムンハのそばには聖猫シンが寄り添い、女神からおつけがあった時にそれを伝える役を果たしていました。
ある日のこと、寺院に凶悪な集団が押し入り、ムンハは殺されてしまいます。シンはムンハの遺体の上に座り、女神像をじっと見つめました。するとシンの瞳は女神と同じサファイア色に、毛は琥珀色に、手足は大地の色に変わったのです。その神々しい迫力に勇気を得た僧侶たちは、侵入者たちを追い払うことができました。
シンは一切の食事を摂らず、7日後に亡くなりました。その後寺院にいた100匹のねこたちもシンと同じ変化を遂げ、ムンハの後継者となる僧侶レゴアを取り囲んだといわれています。
金華猫(きんかびょう)は、中国の浙江省金華地方にいるとされるねこの妖怪です。金華で3年間人に飼われたねこは、屋根の上にうずくまり、月に向かって口を開けて月の精を吸い取ります。
それを繰り返して精怪(中国の怪談に登場する精霊)になったねこは、人里を離れた場所に穴を作って住み始めます。そして夜になると、魅力的な人間に化けて人里を降り、出会った人を誘惑します。魅入られた人は生気を吸い取られ、だんだんと弱ってしまいます。
また、金華猫は人の家に忍び込み、水桶におしっこをします。この水を飲んだ人は、金華猫の姿を見ることができなくなってしまうのです。
金華猫に憑りつかれているかどうかを探るためには、まずその人に青い衣を着せます。金華猫が憑りついている場合は、夜が明けた後に衣にねこの毛がついています。
金華猫のしわざであると分かったら、猟犬を使って金華猫を捕らえ、その肉を憑りつかれた人に食べさせると生気を取り戻すことができます。ただし、その人の性別と異なる金華猫の肉を食べさせないと病気は治りません。
この金華猫の伝説は日本にも伝わり、化け猫や猫又の起源になっているとも考えられています。
日本においては、ねこは先ほど少し触れた「化け猫」や「猫又」のような怪異の存在とも、信仰の対象となる「神」であるともとらえられています。
ねこはねずみを獲ることから、農村では農作物を、漁村では魚や魚を捕る網を守ってくれる重要な存在でした。そのことから、ねこを神のようにあがめる思想が生まれたのではないかと考えられています。
猫神にまつわる伝説は日本各地にありますが、その中から猫島としても有名な「田代島の猫神」のお話をご紹介しましょう。
宮城県石巻市にある田代島で大がかりな漁をしていた時、集まってきたねこのうちの1匹が事故に巻き込まれて死んでしまいます。それを憐れんで社を作ったところ、田代島は大漁に賑わうようになったといわれています。
ねこにまつわる神話や伝説をご紹介しました。ねこは人々にとって、かわいらしく愛すべき存在であり、ねずみから大切な財産を守る神様であり、人知を超えた力を持つ怪物でもあったようです。
このようにねこがさまざまなとらえ方をされてきたのは、ねこがそれだけ魅力的な動物だから。
そしてねこが昔から、人と深く関わってきた証でもあります。
ねこが登場する神話や伝説を読んで、新たなねこの一面を見つけてみてはいかがでしょうか。