【恋猫の声のまじれる夜風かな 長谷川櫂】
春先や秋、ねこたちの大きな声が町に響き渡ります。これはねこのラブコール。恋の相手を探して町をさまよい、恋を語る声です。
今回のテーマは「ねこの恋」です。モテるねこの条件や求愛の方法、ちょっとびっくりするような、ねこの恋の豆知識をご紹介します。
ねこに恋する気持ちはないわけではありませんが、人間の考える「恋愛感情」はないと考えられています。
ねこの恋はあくまで発情であり、繁殖行動の一つに過ぎません。
恋に落ちると、好きな人のことを思うだけでドキドキして、世界がキラキラ輝き出す…
そんな素敵な「恋愛感情」をねこは持っていないのです。
しかし、ねこには人間のような恋愛感情はありませんが、愛する気持ちは持っています。
飼い主を信頼のこもった目で見上げ、スリスリゴロゴロ…それは間違いなくねこの愛情です。
恋愛感情を持っていない分、飼い主に絶対的な愛を向けてくれると思うと、より愛しく感じられますね。
恋=発情であるねこの場合、モテるというのは「たくさんのねこに交尾を誘われる」ということです。
それでは、どんなねこがモテるのでしょうか。
オス・メスそれぞれについてご紹介します。
モテるメスは、ずばり「肝っ玉母さん」です。メスとして成熟し、出産経験の多いメスがモテます。オスは少しでも自分の遺伝子を多く残すため、すでに子ねこを産み、育て上げたという「実績」のあるメスを求めるのです。
年齢的には3〜4歳頃からモテ始めます。初めて発情を迎えたくらいの、1歳未満の若いメスねこは、なかなかオスからのアプローチを受けることができません。
メスねこがオスねこを受け入れる時期(発情期)は、4〜14日間続きます。発情期のピークを過ぎると、たとえモテるメスでも、アプローチしてくるオスの数が減っていきます。オスを惹きつけるフェロモンが減り、魅力がなくなってくるためであると考えられています。
メスねこは強いオスねこが好きです。
オスの繁殖目的は「たくさんの子供を残す」ことですが、メスの目的は「強い子供を残す」ことです。メスはオスと比べると繁殖(出産)の回数が限られています。そのため、できるだけ強いオスねこと交尾して、強い子供を産み育てる必要があるのです。
ケンカが強いオスの特徴は以下の通りです。
・体重が重い
ねこのけんかの勝敗に影響するのは体の大きさではなく体重です。ねこのけんかに関する調査によると、約7割の確率で、体重の重いねこの方がけんかに勝利したということです。
・年齢が高い
メスと同じく、オスも若いねこよりある程度年齢を重ねたねこの方がモテます。
オスねこは無用な傷つけ合いを防ぐため、まずは相手の姿を観察したり、大きな声で鳴き合ったりして強さを見定めます。どっしり構えた年かさのオスねこは、その迫力だけで相手のねこの戦意喪失を誘うことができるのです。
大体3~5歳程度で、オスねこは「モテ期」を迎えます。
・テリトリーの中にいる
ねこの強さの順位は、その時点でねこがいるエリアにも大きく関係します。
一般的に、テリトリーの中にいるオスねこは強気です。
逆にテリトリー外から来た、「アウェイ」のねこは、自分より若いねこや体重が軽いねこにも気圧されてしまうことがあります。
オスねこは成熟すると、男性ホルモンの関係で顔の幅が大きくなります。
つまり、顔が大きいと、男性ホルモンの分泌が盛んな強いねこということになります。そのため、メスねこは顔の大きいオスねこを選ぶ傾向にあるのです。
オスねこは成熟すると、あちらこちらにおしっこを吹き付けます。これをスプレー行動といいます。
スプレーの時のおしっこは、独特の強い臭いがします。これは、ねこの尿にタンパク質の一種である「コーキシン」が含まれているためです。
コーキシンは酵素として働き、ねこのおしっこにフェリニンという物質を作ります。これが独特の強い臭いのもとなのです。
男性ホルモンの多いねこは、尿中のコーキシンとフェリニンの量が増えます。
また、狩のうまいねこほどタンパク質を多く摂取でき、フェリニンを多く作り出すことができます。
すなわち、おしっこが臭いのは、男性らしいたくましさと狩りの腕を持ち合わせた、強いオスねこである証明になるのです。
メスねこはオスねこのスプレーの臭いを熱心にかぎます。これは、そのオスねこが交尾の相手にふさわしいかを確かめようとしているのです。
ねこの恋はとてもアクティブ。お相手を見つけると積極的にアプローチします。その求愛方法は人間と似ているような、全く違うような、ねこならではの「作法」があります。
発情期を迎えると、メスねこは独特の行動を取るようになります。
これらは全て、オスねこの気を引くための行動です。オスねこには発情期がありませんが、発情したメスねこの声やにおい、行動に誘発されて発情します。
オスねこが発情すると、以下のような行動を取るようになります。
オスねこは発情したメスねこ探して町をさまよい、メスねこを見つけると、少し離れたところから様子を見ます。モテるメスねこの周りにはオスねこが群がり、輪を作ります。強いオスねこはメスねこの近くに陣取り、弱いオスは遠くから見守ります。
時々、オスねこはメスねこに近づいて交尾をしかけますが、決めるのはあくまでメスねこです。交尾をしたくなければオスねこにパンチを食らわせて逃げてしまいます。
オスねこはめげずにメスねこのあとをつきまとい、交尾をするタイミングを狙います。発情期が終わる頃にはオスねこは疲れ切り、やせ細ってしまうそうです。
発情を迎え、相手を見つけて交尾をする。
ねこの恋はシンプルです。しかし、そのシンプルな恋の裏には、意外な駆け引きや、例外もあります。
最後に、ねこの恋に関する面白い豆知識をご紹介します。
先ほどご紹介した通り、テリトリー外から来たねこは、地元のねこより劣位になります。
しかし、メスねこはあえて「アウェイ」のオスねこと好んで交尾をすることも少なくありません。
動物研究者の山根明弘氏が行った調査によると、調査地域でメスねこが出産した子ねこのうち、7割がアウェイのねことの子どもだったそうです。
このようにメスねこがテリトリー外のねこと交尾をするのは、近親交配を避けるためであると考えられています。
先ほどご紹介した通り、ねこには人間のような恋愛感情はありません。しかし、オスねこ同士で交尾のような行動を取ることはあります。
このような行動を取る理由は分かりません。「交尾の練習」や「メスと間違えた」など、さまざまな説がありますが、はっきりしていないのです。
しかし、オスねこ同士の交尾は、メスねこへのアプローチに失敗した際に多く見られる傾向にあります。そのため、「メスと交尾ができなかった八つ当たり」ではないかとも考えられています。
ねこは基本的に決まった相手と添い遂げることはありません。メスねこは繁殖期を迎えると、複数のオスねこと交尾をします。中にはなんと16匹ものオスねこと交尾したメスねこもいたそうです。
フランスでの調査によると、都会のねこの約8割が異父兄弟であったのに対し、田舎のねこには異父兄弟がほとんどいなかったそうです。都会のねこは出会うチャンスが多いため、数多くのねこと交尾ができ、異父兄弟が多くなるというわけです。
最初にご紹介した俳句の季語は「恋猫」。これは初春の季語です。初春になると日照時間がのび、メスねこは発情期を迎えます。オスねこはメスねこを求めて大きな声で鳴き叫んだり、けんかをしたりするようになります。昔の人にとっては、そんな騒々しいねこの恋も春の訪れを教えてくれる風物詩だったのでしょう。
「猫の恋」、「猫さかる」、「浮かれ猫」、「戯れ猫」、「通ふ猫」、「猫の夫(つま)」、「猫の妻」なども初春の季語です。
日本を代表するねこ文学「吾輩は猫である」の作者である夏目漱石も、
【恋猫の眼ばかりに痩せにけり】
(こいねこのまなこばかりにやせにけり)
という俳句を詠んでいます。
発情の季節を迎えると、オスねこもメスねこも恋の相手を探して町をさまよいます。特にオスねこはメスねこを追い、ライバルとケンカをするため生傷が増え、疲労のためにすっかりやつれてしまいます。それでも目を輝かせ、遺伝子を残すために恋に全てを駆ける…ねこの燃えるような命の輝きが感じられる俳句です。
炎のような恋の後には、かわいい子ねこたちが次々生まれる季節が訪れます。「孕猫」、「猫の産」、「仔猫」、「猫の子」、は晩春の季語です。
ねこの恋についてお話しました。ねこの恋は人間のものとは全く違う、「子孫を残したい」という本能的なものです。しかし、だからこそねこの恋は激しくひたむきです。相手を探し、精いっぱい求愛し、交尾をします。
繁殖シーズンに、町中に響き渡るねこの叫び声は恋をささやく声。そう考えると、ちょっと騒々しく感じるねこの鳴き声も、違って聞こえてくるかもしれません。