「画家は猫が好き、兵士は犬が好き」、これはイギリスの動物学者デズモンド・モリスが語った言葉です。
芸術家はねこを愛し、彼らの描く絵にはさまざまな魅力を持つねこが登場しています。
なぜ芸術家はねこに惹かれるのでしょうか。
今回の記事では、ねこ好きな芸術家をご紹介し、ねこが芸術家に愛される理由を読み解きます。
芸術家には、ねこ好きな人が多いといわれています。
彼らはねこを絵に描くだけではなく、ねこと共に暮らし、ねこから癒しやインスピレーションを得ていました。
特にねこ好きとして有名な芸術家をご紹介しましょう。
パブロ・ピカソ(1881~1973年)は生涯を通じ、多くのねこを飼った画家として有名です。
彼の最初のパートナーは、1900年初頭に住んでいたパリの街で出会ったメスのシャムネコです。
その頃ピカソは20代で、画家として苦闘していた時代でした。
飢えに苦しみ、さまよっていたねこに、なんとか自己を確立し、生き延びようとしている自身の姿を重ねたのかもしれません。
ピカソはねこにミヌー(フランス語で『子猫ちゃん』の意味)と名付け、「友達」になります。
しかし、絵に登場するねこは「友達」どころか、まるで「悪魔」のような恐ろしい存在として描かれます。
1939年に描かれた「鳥を食う猫」では、ねこが大きな爪のとび出した前足で鳥をしっかり押さえつけ、その肉をむさぼっている姿が描かれています。
ピカソは飼い主の膝に抱かれるおとなしい飼いねこも好きでしたが、路地裏をうろつく野良猫も愛していました。
その野性的な存在感は、彼の人生や作品を表現するときに使われる「情熱」、「残忍さ」を象徴するものだったのかもしれません。
アンリ・マティス(1869 ~1954年)はフォービズム(野獣派)と呼ばれる活動の先駆者であり、「色彩の魔術師」の異名を持つフランスの画家です。
既存のルールに縛られないその自由さは、同じく自由を好む猫への愛情へとつながったのかもしれません。
マティスは生涯で多くのねこを飼い、スケッチ旅行にも連れて行ったそうです。
しかし、マティスがねこを描くことはそう多くはありませんでした。
そのうちのひとつが1910年に描いた「マルグリットと黒猫」です。
椅子に座り、凛とした瞳でこちらを向いたマティスの娘、マルグリットの膝には、黒猫が寝そべっています。
そのリラックスした様子は、マティス一家とねことの絆を感じさせます。
絵画における既存のルールを打ち破り、次々に新しいことに挑戦し続けたマティス。
マティスにとって足元に丸くなって眠るねこの存在は、新しい芸術へといきり立つ心をそっと静めてくれる安らぎの存在であったのかもしれません。
サルバドール・ダリ(1904~1989年)はシュールレアリスムの代表的な作家として知られています。
溶けたカマンベールチーズのように柔らかく曲がった時計が描かれた「記憶の固執」は、一度目にすると忘れられない強烈な印象を持っています。
ダリは私生活でもエキセントリックな言動が多く、常識的なふるまいには一切興味を示しませんでした。
そんな一筋縄ではいかない彼が愛していたのは、普通のイエネコではなく、「オセロット」という野生の猫です。
オセロットは小さなジャガーのような模様と体型をしており、イエネコの2倍大きく、見た目は優美ですが縄張り意識が強く凶暴な性格です。
ダリはオセロットを手に入れて「バブー」という名をつけ、パリやニューヨークにも同伴し、レストランのテーブルにつないで食事をしました。
周りの人が文句をいうと、ダリは「これは普通のイエネコで、私が色を塗ってヤマネコらしく細工しただけだ」と答えたというエピソードが残されています。
ねこ好きの日本人芸術家として最も有名なのは、おそらく藤田嗣治(1886~1968年)でしょう。
藤田嗣治は日本に生まれた後、フランスのパリに渡り、「乳白色の下地」と呼ばれる独自の技法で注目を浴びました。
藤田嗣治は大変なねこ好きで、常にねこを飼っていました。
彼の代表作のひとつである「横たわる裸婦と猫(1921年)」には、横たわる裸婦の足元に白黒ハチワレのねこが香箱座りをしています。
裸婦の乳白色の肌と、黒っぽいハチワレ猫の対比が鮮やかな作品です。
藤田嗣治にとってねこはモチーフであると同時に、自身を示す「サイン」のようなものでもありました。
彼が描く絵には、人物画や静物画を問わず、ねこが添えられているものが多いです。
1921年に描いた自画像にもねこが描かれています。
アトリエで作業をする藤田嗣治のそばにはねこが寄り添い、その頭をすり寄せて甘えています。
藤田嗣治は独自の技法を秘密にするため、アトリエに同業者を入れたがらなかったそうです。
そんな藤田嗣治にとって、アトリエでの時間を共に過ごすねこは、芸術が生まれる瞬間の喜びを分かち合うパートナーだったのかもしれません。
猪熊弦一郎(1902~1992年)は昭和期に活躍した画家の一人で、三越の包装紙「華ひらく」のデザインを行なったことで知られています。
30代の時にフランスに渡りアンリ・マティスに絵画の指導受けたこともあり、その際に藤田嗣治とも出会って共同生活をするなど、ほかのねこ好きな芸術家とも親交を深めていました。
猪熊弦一郎が好んで描いたモチーフのひとつにねこがあります。
スケッチや絵画、小さな立体作品にいたるまで、膨大なねこの作品を残しています。
多い時には1ダースものねこを飼っていましたが、単に「ねこかわいがり」するのではなく、芸術的なインスピレーションを与えてくれる存在として、また対等な友人として敬意を払っていました。
ねこたちによる爪とぎやマーキングで壁がぼろぼろになっても、「これは彼らの芸術作品だから」といって直そうとはしなかったそうです。
ねこ好きの芸術家を国内外取り交ぜて5人紹介しました。
ほかにも多くの芸術家がねこを愛していますが、なぜそこまでねこは芸術家を惹きつけるのでしょうか。
その理由をいくつか挙げてみましょう。
「ねこは液体」という言葉が最近SNSでささやかれている通り、ねこは非常に柔らかく優美な見た目をしています。
歩く時も足音がせず、声を出す時も吠えることなく、繊細で可愛らしい声を出します。
その美しさ、可憐さが芸術家の創作意欲をかき立てるのでしょう。
ねこは犬と同じく人間の身近にいる、「人間の友」といえます。
しかし、犬とは違い、ねこには不思議な距離感があります。
ピカソがねこを飼い、ねこを可愛がりながらも残忍な面のある野良猫に惹かれていたように、二面性はねこの持つ大きな特徴であるといえるでしょう。
アメリカの現代画家であるダイアン・ホープナーも、ねこは「甘美さと怪物的不気味さの両方を完璧に体現してみせる」、「決して笑顔を見せない謎めいた小さな獣」と表現しています。
決して愛らしいだけではない、ねこの持つ神秘性に芸術家は心惹かれるのかもしれません。
獲物を追って捕らえる犬とは異なり、ねこは辛抱強く獲物を待ち伏せて捕まえます。
そして食事の後はエネルギーを節約するため、よく眠ります。
ねこは犬よりも、じっとしていることが多い動物なのです。
懐いてさえいれば、ねこはモデルのそばでじっと寝そべったり、丸くなったりと愛らしいポーズのままとどまってくれます。
そのため描きやすいというのも、芸術家にとってのねこの魅力であるといえます。
ねこ好きな芸術家と、芸術家がねこを愛する理由についてご紹介しました。
ねこは見た目が美しく可愛らしいだけではなく、自由を好むマイペースな性格や、愛らしい見た目に隠された二面性といった魅力を持っており、芸術家の心をとらえ続けています。
芸術家はねこを心の癒しとして、インスピレーションを得る芸術的存在として、また日々の生活や芸術活動を共にするパートナーとして、そばに置いていたのではないでしょうか。
芸術家の心には、いつもそっと寄り添う、柔らく暖かくふしぎな「ねこ」の存在があるのかもしれません。
参考文献:
アリソン・ナスタシ著 関根光宏訳, 「アーティストが愛した猫」, 株式会社エスクナレッジ,2015年
デズモンド・モリス著 柏倉美穂訳, 「デズモンド・モリスの猫の美術史」, 株式会社エスクナレッジ,2018年
小宮山さくら文 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館/公益財団法人ミモカ美術振興財団監修, 「猪熊弦一郎のおもちゃ箱 やさしい線」, 小学館,2018年